雪うさぎの遊び場

しっちゃかめっちゃかな雑記ブログ

”大体”は嫌いだけど”適当”は好きな話

みなさん”大体”と”適当”の使い分け、していますか?

どちらも日常的に緩いニュアンスの言葉として使われていますが、ここに”大体”が嫌いな人間がいます。

正確に言うと嫌いではないが ”大体”という言葉が怖い

 

 唐突ですが、例えば目の前に1mのリボンがあるとして(紐でも紙でもなんでも良かったんですけどね)


「それ”大体”10cmのところで切ってきて」と言われたとします。

 

私は自分基準による”大体10cm”のところでそのリボンを切り、相手に手渡します。

「はい、大体10cmに切りましたよ。」


仮にその私基準で切った”大体10cmのリボン”の長さが実際は11cmだったとします。

 

ここで問題発生です。

相手の”大体10cm”の基準は9.5~10.5cmの間だったのです。

 

その場合、私はただ相手の人に言われた通りに”大体10cm”でリボンを切ったつもりだったのに
「あなたね、確かに私は”大体10cm”に切ってって言ったけど、”大体10cm”って言ったら9.5~10.5cmの間でしょ!」などと怒られてしまう可能性がありますよね。

それが”大体”の怖いところなのです。

 


この”大体10cm”の基準が9cm~11cmの人もいるだろうし、8cm~12cmの人もいるでしょう。

私は人それぞれに漠然とした「大体」の基準っていうものが実はあるんじゃないかと思っています。

なので、

「大体でいいから」という言葉がとてつもなく怖いのです。

 

先程のリボンの例えでいえば
「この人にとっての”大体10cm”とはどこからどこまでを指しているんだろう?」

と考えすぎてしまい、実際リボンを切る時にはTVなどでよく見る、時限爆弾装置の赤と青の同線を切るシーンばりに緊張し、盛大にハサミを持つ手を震わせながらもなんとか相手の”大体10cm”基準で切りたいと考えるでしょう。

 

それでも相手の考えている”大体”の基準から大きく外してしまった場合。

 

「これを”大体”だなんて、あなたはこれまで”大体”についてどんな教育を受けてきたのかしら?」

「あなたの”大体”の基準はまるで常識の範囲から逸脱した”大体”だわ」なんて説教までされてしまうかもしれません。


私はただ言われた通りにリボンを切った、それに対して一言「ありがとう」と言われたかっただけなのに(ぐすん)


それに比べて「適当」は良い

 

 「そのリボン、適当に切っといて」

 

と言われたとして、私は当然”適当”なところでハサミを入れるでしょう。


そしてその長さが例え5cmとか36.4cmだったとしても、


「はい、言われた通り適当な長さで切っておきました」とそのリボンを相手に手渡せば


無条件に「ありがとう」がもらえるはずなのです。


決して相手の”大体”の基準を外した時のように怒られたり、「あなたの”適当”の基準はこんなものだったんですね、見損ないました。」などとがっかりされる心配もない。


そう、私は”大体”とかっていうアバウトな基準を外したことで怒られたくないだけ。

そして「ありがとう」が欲しいのです。

だから”適当”が好き。 

人の”大体”の基準を推し量るのは空気を読むより難しい

 場の空気を読むのって難しいですよね。

 私もよく読み間違えて周囲を困惑させたりします。

しかし空気を読むことよりも数段難しいのが、相手基準の”大体”を把握することだと思っています。

 

「そこ掃除しといて、”大体”綺麗になったらいいよ」

 

こんなことを言われたらまたもや考え込んでしまいます。


「あの人の”大体”というのはどこまでのことなんだろう・・・。」

などと深く考えすぎてしまい、結局”大体”どころかしつこいぐらいにいつまでも同じ場所を掃除し続けることになったりするかもしれません。

そんな自分の姿が目に浮かびます。


そしてそのうちに
「あ、そこはもういいから他のとこやってくれる?」

なんてちょっと冷めた目で相手の人に言われたりするのです。


これだから”大体”ってやつは嫌いだ。


「そこ適当に掃除しといて」
って言ってくれたらスイスイ~♪って感じで気兼ねなく私基準で掃除ができるのに(本当に適当にやる奴です)

 

なんせ自分が適当な人間なんで、やはり”適当”が心地良い

「それ適当にやっといて~」とか「適当でいいから~」

というのはなんと心地よい言葉でしょう。

”適当”その言葉に一切の責任を感じません。

もちろん”大体”のときみたいに空気を読む必要もないし、私基準で自由にやって良いという許可=”適当”だと思っています。

 

そう、私にとっては適当=自由なのです。

 

そして今回の記事も適当に、自由に書いていたところ、全く着地点が見えないままこんなところまで来てしまいました。

最後も上手くまとめることができなそうです。

 

ただ私が言いたかったことは「私に”大体”って使わないで。怖いから」ということ。ただそれだけなのです。